【介護職員向け】高齢者の不信感や被害的な言動にどう対応する?現場で使える声かけとヒント
あなたは、担当している高齢のご利用者から「私の財布を誰かが盗んだ」「あの人が私の悪口を言っている」といった訴えを聞いて、どのように対応すれば良いか迷った経験はありませんか?
介護現場では、高齢のご利用者が不信感を抱いたり、事実とは異なる被害的な訴えをされたりする場面に遭遇することが少なくありません。特に介護の仕事に慣れていない方にとっては、どのように声かけをすれば良いのか、何を信じれば良いのか分からず、戸惑ってしまうこともあるかと思います。
このような不信感や被害的な言動は、介護者にとって難しい課題のように感じられるかもしれませんが、その背景にある要因を理解し、適切な対応方法を知ることで、ご本人の苦痛を和らげ、信頼関係を築くことができます。
この記事では、高齢者の不信感や被害的な言動の背景にあるものを理解し、現場で今日から使える具体的な対応方法や声かけのヒントをご紹介します。
高齢者の不信感・被害的な言動とは?その背景にあるもの
高齢者の不信感や被害的な言動は、具体的に「物を盗まれたと訴える」「誰かが自分を陥れようとしていると感じる」「悪口を言われていると疑う」「食事に毒を盛られていると言う」など、様々な形で現れます。
これらの訴えの背景には、単なる思い込みではなく、様々な要因が複雑に関係していることが考えられます。主なものとしては、以下のようなことが挙げられます。
- 認知機能の変化: アルツハイマー型認知症やレビー小体型認知症など、認知症の進行に伴い、記憶障害や判断力の低下、見当識障害(時間や場所、人が分からなくなること)などが生じます。これにより、物をどこに置いたか忘れてしまい「盗まれた」と思い込んだり、現実を正しく認識できずに疑念を抱いたりすることがあります。これは「認知症に伴う行動心理症状(BPSD)」の一つとして現れることがあります。
- 感覚機能の低下: 聴力や視力が低下すると、周囲の状況が把握しにくくなり、不安や疑念につながることがあります。聞こえにくいことで、自分の悪口を言われているように感じたり、見えにくいことで、物がどこにあるか分からず「隠された」と感じたりする場合があります。
- 身体的な不調や病気: 体調が悪かったり、痛みを抱えていたりすると、精神的に不安定になりやすく、疑り深くなることがあります。また、脳卒中や他の病気の影響で精神状態が変化することもあります。
- 環境の変化や喪失体験: 住み慣れた家から施設に入所したり、親しい人を亡くしたりといった大きな環境の変化や喪失体験は、高齢者に強いストレスや不安を与えます。これにより、周囲への不信感が増したり、孤立感から被害的に感じたりすることがあります。
- 孤独感や社会からの孤立: 人との交流が減り、孤独を感じるようになると、不安が増大し、他者を疑う気持ちが強まることがあります。
- 過去の経験や性格: 元々几帳面な方や、物事を深く考え込む傾向のある方は、加齢に伴う変化の中で不安が増幅され、不信感につながりやすい場合があります。
これらの背景を理解することは、不信感や被害的な言動を単なる「困った行動」として捉えるのではなく、ご本人の心身の苦痛や SOS として受け止めるための第一歩となります。
現場での観察ポイント:どんなサインに気づくべきか
日々の介護業務の中で、ご利用者の不信感や被害的な言動に気づくためには、以下の点を観察することが重要です。
- 訴えの内容と頻度: 具体的に何を訴えているのか(例:「財布がない」「靴下がない」「誰かが私の部屋に入った」など)、その訴えはいつから始まり、どのくらいの頻度で聞かれるか。
- 訴えが出やすい時間帯や状況: 特定の時間(夜間など)や、特定の人物(特定の職員、他の利用者など)と関わった後に訴えが出やすいか。環境の変化(騒がしい、暗いなど)と関係があるか。
- 訴えに伴う他の行動や感情: 不安そうに落ち着きがないか、興奮しているか、怒っているか、泣いているか、部屋や物を頻繁に確認しているか。
- 訴えの具体性: いつ、どこで、誰に何がされた、といった具体的な話があるか、それとも漠然とした疑いか。話に一貫性があるか。
- 身体的な変化: 睡眠状態、食欲、表情、体調などに変化がないか。
- 過去の出来事との関連: 過去に本当に物を盗まれた経験があるなど、ご本人の過去の経験が影響していないか。
こうした日々の観察記録は、後で専門職が状況を判断したり、対応方法を検討したりする上で非常に役立ちます。小さな変化も見逃さずに記録しておくことを心がけましょう。
具体的な対応方法・ケアの工夫:現場で実践できること
高齢者の不信感や被害的な言動に直面した際、介護職員としてどのように対応すれば良いのでしょうか。ここでは、現場で実践できる具体的な対応方法や声かけのヒントをご紹介します。
1. まずは傾聴と共感の姿勢で受け止める
最も大切なのは、訴えを頭ごなしに否定しないことです。「そんな事実はありません」「気のせいです」といった否定的な言葉は、ご利用者の不信感をかえって強め、信頼関係を損なう可能性があります。
まずは、ご利用者の訴えを落ち着いて耳を傾けましょう。そして、「〇〇様は大切な物をなくされて、とても心配なさっていますね」「誰かに何かされたと感じて、不安なお気持ちなのですね」など、ご利用者の感情に寄り添う言葉をかけ、共感する姿勢を示しましょう。
- 声かけ例:
- 「〇〇様、大変でしたね。お話を聞かせていただけますか。」
- 「〇〇様が何か嫌な思いをされたのですね。お辛い気持ち、お察しいたします。」
- 「大切なものがなくなってしまって、ご心配ですね。」
2. 安心できる環境づくりと具体的な確認
ご利用者が安心できる環境を整えることも重要です。落ち着いた雰囲気作りを心がけ、プライバシーが守られるように配慮しましょう。
「盗まれた」といった訴えがあった場合は、まずは一緒に探してみる、一緒に確認してみるという姿勢を見せましょう。「〇〇様の大切なものですから、ご一緒にお探ししましょう」などと声をかけ、実際に身の回りを丁寧に探したり、一緒に確認したりします。この時、本当に失くした可能性もあるため、誠実に対応することが大切です。
- 具体的な対応例:
- 「〇〇様のお財布ですね。最後に見たのはいつ頃か覚えていますか?一緒に探してみましょう。」
- 「〇〇様の靴下ですね。洗濯物の中にあるかもしれません。一緒に確認してみましょうか。」
たとえ見つからなくても、「ここにはありませんでしたね。他の場所も探してみましょうか」などと、一緒に探すプロセス自体が安心感につながることがあります。
3. 安心感を与える声かけと味方であることを伝える
「誰もあなたの物を盗んでいません」という事実を伝えるよりも、「私たちは〇〇様の味方です」「私たちがそばにいますから安心してください」といった、安心感や信頼関係を築くためのメッセージを伝える方が効果的な場合があります。
- 声かけ例:
- 「ご心配ですね。私たちがそばにいますから大丈夫ですよ。」
- 「私たちは皆、〇〇様のことが大切です。お手伝いできることはありますか?」
- 「何か不安なことがあったら、いつでも私に声をかけてくださいね。」
4. 事実の訂正は慎重に、時には話題転換も
事実と異なる訴えに対して、強い口調で否定したり、正論で説得しようとしたりすることは避けましょう。これはご利用者のプライドを傷つけたり、かえって興奮させてしまったりする可能性が高いです。
どうしても必要な場合(例えば、他のご利用者に迷惑がかかる場合など)を除き、事実の訂正は最小限に留め、「そう感じていらっしゃるのですね」と感情を受け止めるに留めることも有効です。
訴えがエスカレートしたり、同じ訴えを繰り返したりする場合は、ご利用者の好きな話題や関心のあることに話題を優しく転換してみましょう。「ところで〇〇様、昨日のお食事はどうでしたか?」「お庭の〇〇の花が綺麗に咲いていますよ」など、本人が興味を示しやすい話題を選びます。
5. 自己肯定感を高める関わり
不信感や被害的な言動の背景に、自信の喪失や孤立感がある場合もあります。小さなことでも役割をお願いしたり、感謝の言葉を伝えたりすることで、ご利用者の自己肯定感を高める関わりを心がけましょう。
- 声かけ例:
- 「〇〇様がいらっしゃるだけで、この場が明るくなりますね。」
- 「〇〇様のおかげで助かりました。ありがとうございます。」
- 「〇〇様のように〇〇ができる方はいませんね。」
専門家との連携も視野に入れる
不信感や被害的な言動が、突然始まった、以前よりひどくなった、他の気になる症状(せん妄、抑うつ、極端な興奮など)を伴っている場合は、早めに他の専門職に相談・報告することが重要です。
- 相談・報告すべき相手の例:
- 施設内の看護職員
- 医師(主治医や精神科医など)
- ケアマネジャー
- 生活相談員
これらの症状の背景に、治療可能な病気(例えば、感染症によるせん妄や、うつ病など)が隠れている可能性もあります。また、認知症の進行度やタイプによっても対応方法が異なるため、専門的な視点からのアセスメントやアドバイス、時には薬物療法が必要となることもあります。
介護職員だけで抱え込まず、チームで情報を共有し、多職種連携で対応することで、ご利用者にとって最善のケアを提供できます。
まとめ:理解と寄り添いが第一歩
高齢者の不信感や被害的な言動は、介護者にとって対応が難しい場面の一つかもしれません。しかし、これらの行動はご本人の苦痛や困惑のサインであり、決して意地悪や困らせるためにしているわけではないことを理解することが大切です。
その背景には、加齢による心身の変化、環境の変化、孤独感など、様々な要因が隠されています。これらの背景を理解し、頭ごなしに否定するのではなく、まずは傾聴と共感の姿勢で受け止め、安心感を与える関わりを心がけることが、問題解決への第一歩となります。
今回ご紹介した具体的な対応方法や声かけのヒントが、あなたが現場でご利用者と向き合う際の助けとなれば幸いです。経験を重ねるごとに、きっとあなたらしい優しいケアを見つけられるはずです。学び続け、自信を持って高齢者のメンタルケアに取り組んでいきましょう。