【介護職員向け】高齢者の「こだわり」や「いつものやり方」への対応:背景理解と穏やかな関わり方
はじめに:高齢者の「こだわり」に戸惑っていませんか?
介護現場で働き始めたばかりのあなたは、利用者様との関わりの中で「なぜ、この方はこれほどまでに自分のやり方にこだわるのだろう?」「いつもと同じ順番でないと納得してくれない…」と戸惑うことがあるかもしれません。
例えば、
- 食事の際に、いつも同じ席、同じ食器でないと座ろうとしない。
- 決まった時間、決まった手順でなければ、着替えや入浴を拒否する。
- 同じ話を何度も繰り返したり、特定の物(タオルや衣類など)を手放そうとしない。
このような高齢者の「こだわり」や「いつものやり方」への固執は、介護の現場でよく見られることの一つです。若いあなたにとっては、非合理的であったり、時には介護の手間を増やしたりするように感じられ、どのように対応すれば良いか悩むこともあるでしょう。
しかし、これらの行動の背景には、高齢者なりの理由や感情が隠されていることが少なくありません。単なるわがままや反抗として捉えるのではなく、その背景を理解し、適切な関わり方を学ぶことで、利用者様との関係性をより良くし、あなた自身のケアの負担を減らすことにもつながります。
この記事では、高齢者の「こだわり」やルーチンへの固執がなぜ生じるのか、その背景にある理由を解説し、現場であなたがすぐに実践できる具体的な対応方法や関わりのヒントをお伝えします。
高齢者の「こだわり」や「いつものやり方」への固執はなぜ生じるのか?
高齢者の「こだわり」や特定のルーチンへの固執は、様々な要因が複合的に絡み合って生じることが考えられます。これは、決して意地悪や反抗心からくるものだけではありません。
主な背景として、以下のような点が挙げられます。
- 安心感を求める心理: 高齢になると、身体機能や認知機能の変化により、周囲の環境や状況を把握し、コントロールすることが難しくなることがあります。決まったやり方や慣れ親しんだルーチンは、予測可能で変化がないため、高齢者にとって大きな安心感を与えます。これは、不安定な状況下で心の安定を保つためのコーピング(対処行動)の一つとも言えます。
- 認知機能の低下: 認知症などにより、新しい情報や状況の変化を理解し、柔軟に対応することが難しくなる場合があります。過去の記憶や慣れ親しんだパターンに固執することで、混乱や不安を避けようとします。段取りを組み立てたり、複数の選択肢から選んだりすることが難しくなり、習慣的な行動パターンに戻る傾向が見られます。
- 過去の習慣や価値観: 長年培ってきた生活習慣や価値観は、高齢者にとって自己の一部であり、尊厳に関わる大切なものです。「この時間にこれをやるのが当たり前」「このやり方でずっとやってきた」という強い思いがある場合、それを変えることへの抵抗が生まれます。
- プライドやコントロール欲求: 自分で物事を決め、コントロールしたいという気持ちは、年齢に関わらず誰もが持っています。身体が思うように動かなくなったり、周囲に助けを求める場面が増えたりする中で、自分でコントロールできる「いつものやり方」に固執することで、僅かでも自己決定権や尊厳を保とうとすることがあります。
- コミュニケーションの困難さ: うまく自分の気持ちや状況を伝えられない場合、行動(こだわりや拒否)で示そうとすることがあります。「こうしたいのに伝わらない」「なぜ分かってくれないんだ」というフラストレーションが、固執として現れる可能性もあります。
これらの背景を理解することは、高齢者の行動を頭ごなしに否定したり、力ずくで変えさせようとしたりするのではなく、「この方にとって、このこだわりは〇〇という意味があるのかもしれない」という視点を持つために非常に重要です。
現場での観察ポイント:どんなサインに気づくべきか
高齢者の「こだわり」やルーチンへの固執に気づき、その背景を理解するためには、日々の細やかな観察が欠かせません。特に若い介護職員の方は、「これがこだわりなのか?」「いつものことなのだろうか?」と判断に迷うこともあるかもしれません。
以下のようなサインが見られたら、「こだわり」やルーチンへの固執の可能性があると考えて、注意深く観察してみましょう。
- 時間や順番への固執: 食事の時間、入浴の順番、特定の行動(例:朝一番に新聞を取りに行く)のタイミングなどが決まっており、それが少しでもずれると落ち着かなくなったり、イライラしたりする。
- 場所や物への固執: いつも同じ椅子にしか座らない、特定の食器やタオル以外は使いたがらない、特定の物を肌身離さず持っている。
- 変化への強い抵抗: 普段のやり方と少しでも違う方法を提案すると、頑なに拒否したり、混乱したりする。「いつもと違うから嫌だ」という言葉が出ることもあります。
- 同じ話や行動の繰り返し: 特定の話や過去の出来事を何度も話したり、同じ動作を繰り返したりする。(これは認知機能の低下に伴うことが多いですが、安心感を求めている場合もあります。)
- 特定の服装や身だしなみへのこだわり: 特定の服しか着ようとしない、特定の髪型や化粧の仕方にこだわる。
- 周囲への影響: その「こだわり」によって、ご本人が困っているわけではないが、周囲の利用者様や職員のケアに支障が出ている。
これらの行動が見られた時に、「なぜだろう?」と疑問を持ち、行動の裏にある感情や意図を想像しようと努めることが大切です。
- 「この方は、このタオルをいつも持っているな。何か特別な思い出があるのだろうか?」
- 「朝食はいつも窓際の席に座りたがるな。そこから外を見るのが好きなのかな?」
- 「着替えの時、必ずこの手順で服を畳むな。若い頃から続けていたことなのかな?」
このように、行動そのものだけでなく、その行動に伴う表情や感情(安心しているのか、不安そうなのか、怒っているのかなど)にも注目することで、こだわりやルーチンの背景にあるものを少しずつ理解できるようになります。
具体的な対応方法・現場でのケアの工夫
高齢者の「こだわり」や「いつものやり方」への固執に対して、現場でどのように関われば良いのでしょうか。無理に変えさせようとすることは、利用者様の混乱や抵抗を招き、かえって状況を悪化させることが多いです。
ここでは、穏やかで利用者様に寄り添った具体的な対応方法をご紹介します。
1. まずは「受け止める」姿勢を持つ
- 否定しない: 利用者様の「こだわり」や「いつものやり方」を頭ごなしに否定したり、「そんなこと言わないで」と諭したりすることは避けましょう。ご本人にとっては、それが安心であり、大切なことなのです。
- 傾聴する: なぜそのやり方にこだわるのか、そのこだわりについて利用者様が話したいことがあれば、まずは耳を傾けましょう。言葉にならない場合でも、「〇〇したいのですね」「いつものやり方なのですね」と、その気持ちや行動を言葉にして返すことで、受け止めている姿勢を示すことができます。
2. 背景にある気持ちや理由を探る
- 穏やかに尋ねてみる: 可能であれば、「これは、いつものやり方でしたか?」「このやり方が、〇〇さんには一番しっくりくるのですね」などと、決めつけずに穏やかに尋ねてみましょう。具体的な理由を話してくれることもあります。
- 観察を続ける: 言葉で説明するのが難しくても、繰り返し観察することで、そのこだわりが「安心するため」「混乱しないため」「過去の習慣を守りたい」など、どの背景に強く根差しているのか推測するヒントが得られます。
3. 無理強いせず、柔軟な対応を心がける
- 急な変化を避ける: 新しいやり方を取り入れる場合でも、一度に全てを変えるのではなく、少しずつ、段階的に行いましょう。例えば、食器を変えるなら一つだけ新しいものにしてみる、などです。
- ルーチンを尊重する: ご本人のこだわりが、安全や健康に大きな支障をきたさない範囲であれば、そのルーチンをできる限り尊重することを検討しましょう。「いつものやり方」に沿ってケアを進めることで、スムーズに進むことも多いです。
- 代替案を提案する(強制しない): どうしてもルーチン通りにいかない場合や、安全のために他の方法を試したい場合は、「今日は少しだけ、こんなやり方をしてみませんか?」などと、あくまで提案の形で伝えます。選択肢を出す場合も、「AとB、どちらが良いですか?」のように、限定的に絞って分かりやすく伝えると良いでしょう。
- 本人のペースに合わせる: 時間に追われている時でも、できる限り利用者様のペースに合わせてケアを進めるよう努めましょう。急かされることは、不安や抵抗を強める原因となります。
4. 環境を調整する
- 安心できる空間を作る: いつも座る場所に目印をつける、私物を置く場所を決めるなど、ご本人にとって分かりやすく、安心できる環境を整えることも有効です。
- 視覚的な手がかりを利用する: 1日のスケジュールを絵や写真で示す、着替えの手順をイラストにするなど、視覚的な情報を提供することで、次の行動への見通しがつきやすくなり、ルーチンへの固執が和らぐことがあります。
5. ポジティブな声かけを増やす
- 肯定的な言葉を選ぶ: 「違うでしょう!」「なぜ分からないの?」といった否定的な言葉ではなく、「いつものやり方、素敵ですね」「こうすると安心しますか?」など、ポジティブな声かけを増やしましょう。
- 成功体験を積む: ルーチンを尊重した結果、スムーズにケアが進んだ、新しいやり方を少し試せた、といった小さな成功体験を積み重ねることも大切です。「〇〇さんのおかげで、うまくいきましたよ」「さすがですね」などと伝え、自信につながる声かけを心がけましょう。
専門家との連携:一人で抱え込まないために
高齢者の「こだわり」やルーチンへの固執が非常に強く、以下のような状況が見られる場合は、一人で抱え込まず、他の専門職に相談し、連携することが重要です。
- 安全や健康に影響が出ている: 食事を特定の物しか食べず栄養が偏る、服薬を頑なに拒否する、入浴を一切拒否して不潔になるなど、ご本人の心身の健康に具体的な影響が出ている場合。
- 周囲の利用者様や職員に影響が出ている: 他の利用者様とのトラブルにつながる、職員の負担が大きすぎて疲弊しているなど、集団生活やケア体制に支障が出ている場合。
- 急にこだわりが強くなった、内容が変わった: 以前はそうではなかったのに、急に特定のこだわりが強くなったり、これまでと違う内容のこだわりが見られるようになったりした場合。これは、体調の変化や環境の変化、認知機能の進行など、何らかの他の原因があるサインかもしれません。
ケアマネジャー、看護師、理学療法士、作業療法士、医師(かかりつけ医や精神科医など)といった専門職に相談することで、医学的な視点からのアセスメント、リハビリテーション的なアプローチ、環境調整の専門的なアドバイス、精神科的なケアの検討など、多角的な視点からの支援を受けることができます。
相談する際には、「いつから」「どのような状況で(時間帯、場所など)」「具体的にどのような行動が見られるか」「その行動によって、ご本人や周囲にどのような影響が出ているか」「これまでにどのような対応を試みたか、その結果は?」といった情報を具体的に伝えるようにしましょう。
まとめ:背景を理解し、利用者様に寄り添うケアを
高齢者の「こだわり」や「いつものやり方」への固執は、新人の介護職員にとって、難しく感じられるテーマかもしれません。しかし、その背景には、利用者様が「安心したい」「混乱したくない」「自分らしさを保ちたい」といった切実な思いがあることを理解することが第一歩です。
これらの行動は、時に私たち介護職員の想像力を超えるものもありますが、単なる困った行動として片付けるのではなく、「この行動を通して、この方は何を伝えようとしているのだろう?」という視点を持つことが、利用者様との信頼関係を築き、より良いケアを提供する上で非常に重要です。
最初から完璧に対応できなくても大丈夫です。観察を続け、利用者様の背景にあるものを想像し、穏やかな言葉かけや柔軟な対応を試みながら、少しずつ学んでいきましょう。そして、どうしても難しいと感じた時には、ためらわずに先輩職員や他の専門職に相談してください。
あなたの利用者様への温かい気持ちと、理解しようとする姿勢が、高齢者の安心した穏やかな生活を支える大きな力となります。
【シニアメンタルケア情報局からのメッセージ】
私たちは、介護現場で奮闘するあなたが、高齢者のメンタルヘルスについて学び、日々のケアに自信を持って取り組めるよう、役立つ情報をお届けしていきます。高齢者の心の理解は、介護の質を高める上で欠かせない要素です。これからも共に学びを深めていきましょう。