認知症の方の「いつもと違う」行動にどう向き合う?BPSDの理解と現場での関わり方
「なんだか、いつもと違うな…」
介護の現場で働き始めたばかりの頃、認知症のご利用者様の急な変化に戸惑うことはありませんか?穏やかだった方が急に興奮されたり、特定の場所にこだわったり、時には介護を拒否されたり…。学校では基礎的な知識を学びましたが、目の前の「いつもと違う」行動を目の当たりにすると、「どうすればいいんだろう」と立ち止まってしまうかもしれません。
この記事では、認知症の方に見られる行動や心理の変化、いわゆる「BPSD(行動・心理症状)」について、その基本的な理解と、現場で実際にどのように向き合い、関わっていけば良いのかを分かりやすく解説します。
BPSD(行動・心理症状)とは何ですか?
BPSDとは、「Behavioral and Psychological Symptoms of Dementia」の略称で、認知症に伴って現れる行動や心理的な症状全般を指します。
認知症の主な症状は、記憶障害や見当識障害、判断力の低下といった「中核症状」ですが、それによって生活上の困難や混乱、不安などが生じ、二次的に現れるのがBPSDです。BPSDには非常に多様な症状が含まれます。例えば、
- 行動症状: 徘徊、不潔行為、異食、収集癖、攻撃性(暴言・暴力)、介護への抵抗・拒否
- 心理症状: 抑うつ、不安、焦燥感、幻覚、妄想、睡眠障害
などがあります。これらの症状は、ご本人や周囲の方々にとって大きな苦痛や負担となることがあります。
なぜBPSDは起こるのでしょうか?
BPSDは、認知症という病気そのものが脳に変化をもたらすことに加え、様々な要因が複雑に絡み合って現れると考えられています。原因は一つとは限りません。
主な原因として、以下のようなものが挙げられます。
- 中核症状による影響:
- 記憶障害で直前の出来事を忘れてしまい、混乱や不安を感じる。
- 見当識障害で場所や時間が分からなくなり、落ち着かず動き回る(徘徊)。
- 理解力や判断力の低下で、状況が把握できず苛立ちを感じる。
- 身体的な要因:
- 発熱、痛み、便秘、脱水などの体調不良。
- 服用している薬の副作用。
- 視力や聴力の低下。
- 睡眠不足。
- 心理的な要因:
- 環境の変化(引っ越し、入院、入所など)による不安やストレス。
- これまでできていたことができなくなることへの苛立ちや自信喪失。
- 寂しさ、退屈。
- 過去の出来事や経験に基づいた感情(例: 戦争体験のある方が特定の音に反応するなど)。
- 環境的な要因:
- 騒がしい、暗すぎる・明るすぎるなど、落ち着かない環境。
- 暑すぎる、寒すぎるなど、不快な温度。
- 人の多さや動きの速さ。
- 無理な介護や急かされるような関わり方。
このように、BPSDは単にご本人の「わがまま」や「困らせようとしている」行動ではなく、ご本人の中で何らかの理由があって起こるSOSや、混乱・不安の表現であると理解することが大切です。
現場で気づくための観察ポイント
日々の介護業務の中で、BPSDに早く気づき、適切に対応するためには、丁寧な観察が欠かせません。特に注意して観察したいのは、以下のような点です。
- 行動の変化: いつもはしない行動(例: 落ち着きなく動き回る、物を集める、特定の場所に隠す)が増えていないか。
- 感情の変化: 以前より怒りっぽくなった、泣いていることが多い、不安そうに見える、無気力になっているなど、感情の起伏や状態に変化はないか。
- 睡眠の変化: 夜中に何度も起きる、昼夜逆転しているなど、睡眠パターンに変化はないか。
- 食事・排泄の変化: 食事量が減った、便秘や下痢を繰り返している、排泄の失敗が増えたなど、生理的な変化はないか。
- 身体的なサイン: どこかを痛がっている様子はないか、顔色が悪い、熱があるなど、体調不良を示唆するサインはないか。
- 特定の状況や時間帯: 特定の人と関わった後、特定の時間帯(例: 夕方、夜間)、特定の場所で症状が現れやすいか。
これらの変化に気づいたら、「なぜだろう?」と考えてみることが第一歩です。記録に残し、他の職員と情報共有することも非常に重要です。
BPSDへの具体的な対応方法・ケアの工夫
BPSDへの対応は、まずその行動の背景にある原因を探ることから始まります。原因に応じた対応が効果的です。ここでは、現場で実践できる具体的な関わり方やケアの工夫をいくつかご紹介します。
1. まずはご本人の気持ちに寄り添う
行動の理由が分からなくても、まずはご本人の不安や混乱した気持ちに寄り添う姿勢が大切です。
- 落ち着いた声かけ: 静かで穏やかな声で話しかけます。早口になったり、大きな声を出したりするのは避けましょう。
- 否定しない、正論を振りかざさない: 幻覚や妄想と思われる発言があっても、「そんなことはありませんよ」「それは間違いです」と頭ごなしに否定するのは逆効果になることが多いです。ご本人が見たり感じたりしている世界を一旦受け止め、「そう見えていらっしゃるのですね」「何か気になりますか?」などと共感的に耳を傾けます。
- 安心できる雰囲気づくり: 穏やかな表情で接し、ゆっくりとした動作を心がけます。優しく手を握るなどの身体的な接触が安心につながることもあります(ただし、ご本人が嫌がらない場合)。
2. 行動の背景にある原因を探り、取り除く・和らげる
観察を通じて見えてきた原因に対して、具体的な対応を試みます。
- 身体的な苦痛がないか確認: 痛み、発熱、便秘、喉の渇きなどがないか確認します。必要であれば、看護職員に相談します。
- 環境を調整する: 騒がしい場所から静かな場所へ移動する、室温を快適にする、明るさを調整するなど、ご本人が安心できる環境を整えます。
- 安心できる関わりを増やす: 不安が強い方には、定期的に近くに寄り添い、声かけをする時間を設けます。
- 気分転換を促す: 好きな音楽を聴く、一緒に散歩に出かける、趣味活動を行うなど、注意をそらしたり、楽しい時間を持ったりすることで落ち着かれることがあります。
- 過去の経験や習慣を尊重する: ご本人の人生歴や習慣を知ることで、行動の意味が見えてくることがあります。「その人らしさ」を理解し、可能な範囲で尊重するケアを考えます。
3. 特定の行動への対応例
- 徘徊:
- 安全を確保し、危険な場所へ行かないように見守ります。
- 「どちらへ行かれますか?」「何かお探しですか?」と優しく声をかけ、目的を聞いてみます。
- 「お茶にしませんか?」「〇〇さんが待っていますよ」などと声をかけ、注意をそらしながら安全な場所へ誘導します。
- ご本人の目的が不明な場合は、「気分転換にお散歩に行きましょうか」などと誘ってみるのも良い方法です。
- 拒否・抵抗:
- なぜ拒否されているのか、理由を推測します(例: 痛い、怖い、意味が分からない、したくない、他のことをしたい)。
- 無理強いはせず、一度時間をおく、他の職員が試みるなど、柔軟に対応します。
- 選択肢を提示する(例: 「お着替えと歯磨き、どちらを先にしましょうか?」)ことで、ご本人の主体性を尊重します。
- 「〜しましょう」ではなく、「〜しませんか?」と誘う形にしてみます。
- 興奮・暴力:
- まずはご自身の安全を確保します。すぐに近づかず、少し距離をとります。
- 落ち着いた声で、低いトーンでゆっくり話しかけます。刺激を与えないように、最小限の言葉で対応します。
- 大勢で囲むのは逆効果です。可能であれば、一対一で対応します。
- 興奮の原因となっている物や状況があれば、それを取り除くことを試みます。
- ご自身の対応が難しいと感じたら、すぐに他の職員や管理者に助けを求めます。
4. チームで情報を共有し、個別ケアを考える
BPSDへの対応は、一人で抱え込まず、チーム全体で取り組むことが重要です。
- 情報共有: ご利用者の状態、行動の変化、それに対して試した対応とその結果などを詳しく記録し、職員間で共有します。
- ケアカンファレンス: 定期的にケアカンファレンスを行い、BPSDの原因や対応策について多職種で話し合います。
- 個別ケア計画: ご利用者様一人ひとりの状態や特性に合わせた、具体的なケア計画を作成し、共有します。
専門家との連携も視野に
現場での対応で改善が見られない場合や、症状が重い場合、ご本人や周囲の安全が確保できないような場合は、一人で悩まず、専門家への相談・連携を検討するタイミングです。
- 施設内の専門職: 看護職員、生活相談員、ケアマネジャー、理学療法士、作業療法士など、他の専門職に相談します。多角的な視点からアドバイスを得られることがあります。
- 外部の専門家: 必要に応じて、医師(かかりつけ医、精神科医)、薬剤師、精神科認定看護師、専門性の高いケアマネジャーなどと連携します。医療的な介入(薬物療法)や、より専門的な非薬物療法の提案を受けられることがあります。
BPSDは、病気の一部として起こる症状であり、決してご本人の意思や性格だけで決まるものではありません。原因を理解し、ご本人の気持ちに寄り添いながら、安全で安心できる環境と関わり方を提供することが、BPSDを和らげる上で非常に重要です。
まとめ
認知症の方のBPSDへの対応は、根気がいることも多く、正解が一つとは限りません。しかし、「なぜこの行動が起こるのだろう?」とご本人の内面や周囲の状況に目を向け、様々な対応を試み、チームで協力しながら取り組むことで、ご本人も介護する側も穏やかに過ごせる時間が増えるはずです。
介護の現場では日々、新しい発見や学びがあります。今日の経験が、明日のケアにつながります。一人で抱え込まず、先輩職員やチームに相談しながら、あなた自身のケアも大切にしながら、一緒に学んでいきましょう。